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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)1478号 判決

一 控訴人が、昭和四七年三月一日受付で、横須賀市池田町一丁目二五番一 山林 二三九一平方メートルの土地ほか二五筆の土地(以下「本件開発区域」という。)について、都市計画法二九条所定の開発行為の許可を申請するために要する同法三二条所定の同意及び協議の事前審査願(以下「本件事前審査願」という。)をその相手方である被控訴人に対し提出したこと、本件事前審査願に基づく同意及び協議のうち、本件開発区域から排水される下水の同区域外への放流先(流末)に関するもの以外の同意及び協議は昭和五〇年五月一五日までに完了したこと、しかし、被控訴人が右下水の放流先(流末)に関する協議を昭和五七年一一月三〇日に至るまで行わなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。

二 右の争いのない事実に、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証、成立に争いのない甲第二号証、乙第三号証、第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし六、第一二号証、第一四、第一五号証、第二八号証、被控訴人主張のとおりの写真であることに争いのない乙第二七号証、第二九、第三〇号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから、真正な公文書と推定すべき乙第一三号証、第一八ないし第二五号証、証人西成隆人の証言(原審)により真正に成立したと認められる甲第四号証の二、第五号証の一ないし一四、第九号証の二、三、第一〇号証の一、二、同証人の証言(当審)により真正に成立したと認められる甲第一六、第一七号証、証人碓井義和の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証、第五ないし第九号証、控訴人代表者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一三号証の一ないし三、証人西成隆人(原、当審。但し、後記の採用することができない部分を除く。)、同小口晶弘、同小高靖男(原、当審。)の各証言、控訴人代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。そして、証人西成隆人の供述中、この認定に反する部分はその余の前掲各証拠に照らして信用することができず、その他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

1 被控訴人の企画部では、本件事前審査願につき、昭和四八年一二月一三日付の通知書により、控訴人に対し、控訴人が同通知書に記載された種々の条件を遵守するよう指示する旨の通知をしたが、その中で、下水道に関しては、下水の放流先(流末)を平作川とする(このことは当事者間に争いがない。)ほか、下水の流末水路については、流出量の増大により既設断面では流下できないため本件開発区域から平作川までの全下水路を(控訴人の費用で)整備すべき旨の条件を指示していた。

2 そこで、控訴人は、右条件を充たすべく、昭和五〇年五月ころまでに、土木工事業者である株式会社熊谷組に依頼し、その見積りを得て、平作川への放流口をどのようにするかを除いては、被控訴人の指示する条件に応じた改修工事をなすべき準備を終えていた。

3 ところが、たまたま、昭和四九年七月七日から八日にかけての台風八号に伴う集中豪雨があり、横須賀市内においては、死者一三名、負傷者二三名、建物全壊五七世帯、同半壊七五世帯、同部分壊五二六世帯、床上浸水三七六四世帯、床下浸水三四〇三世帯等の大被害が生じ、市街化地域の約二五パーセントにも及ぶ七四二・八ヘクタールが浸水するに至った。その中でも、平作川流域の被害が特に著しく、本件開発区域から出る下水の平作川への放流先(流末)として予定されていた梅田橋付近からの下流が溢水し、横須賀市舟倉地区では床上床下浸水が約七〇〇戸にも達し、同市久比里地区では、三〇戸が避難するなどの大きな被害を発生した。さらに、翌昭和五〇年七月四日にも集中豪雨があり、平作川流域でかなりの水害が発生した。

4 昭和四九年の右水害により被害を受けた横須賀市舟倉町、同市久比里一丁目、同二丁目の住民らは、平作川の管理者である国(事務受任者神奈川県知事)、平作川の管理費用を負担する神奈川県、公共下水道の管理者である被控訴人を各被告として、昭和五一年一二月ころに七四名が、さらに昭和五二年七月ころに三七名が、いずれも横浜地方裁判所横須賀支部に損害賠償請求訴訟を提起した。そして、右住民らは、右訴訟において、本件開発区域と平作川との間にあって、池田町四丁目と同五丁目の境界付近に位置し、池田団地の雨水及び汚水を排除するために設けられ、かつ当初控訴人が本件開発区域から出る雨水及び汚水を排除するために接続することを予定していた、平作川の梅田橋付近を放流口とする公共下水道(以下「丙水路」という。)は、当時水路が狭小で、勾配が割合急であったため、水路から溢水するとか、マンホールから雨水が噴出するなどの危険を常に蔵するとともに、雨水の集水設備が不完全であったため、集水されない雨水が急坂である道路面を滝のようになって舟倉町に流入する危険があったにもかかわらず、右被告らは、右排水路の浚渫、拡幅又はポンプ場の設置等の有効適切な溢水防止対策を何ら講ぜず、従来の施設のままで放置していた結果、前記のような大量の降雨時には急速大量に流入してくる雨水を支障なく流下させることができず、溢水の危険を生ぜしめたのであって、丙水路は公共排水路として通常有すべき安全性を欠いていたなどと主張した。そこで、被控訴人としても、下水道等、公共排水路の設置・管理について、一層慎重な配慮を要求されるに至った。

5 平作川は、神奈川県知事が管理する二級河川であるところ、神奈川県知事は、昭和四九年及び昭和五〇年の水害発生に伴い、昭和四九年から同五二年までの間に災害復旧助成事業としての改修工事を夫婦橋から河口の開国橋までの間で実施し、昭和五一年からは、第一期激甚災害対策特別緊急事業としての改修工事を梅田橋のすぐ上流にある湘南橋から下流の夫婦橋までの二・四九キロメートルの間で実施した。被控訴人においても、従前から横須賀市内の公共下水道の整備事業を進めていたが、右水害の発生に伴い、下水道整備計画の見直しを余儀なくされた。すなわち、被控訴人は、右水害発生地区については既に昭和四八年三月三〇日の都市計画決定により舟倉ポンプ場の建設を計画していたが、右水害の生じた地域は、平作川及び平作川と並行して走る国道よりも低地となっていたため、豪雨の際には、同地域に雨水等が集中し、平作川の水位が増大した場合には、同川からの水が逆流するおそれがあったことから、右水害発生の原因となった丙水路を含む下水道については、さらに大きなポンプ場をもう一つ建設して平作川に排水する計画を策定しなければならない状況となった。

そのため、被控訴人においては、神奈川県知事による平作川の右改修工事が完了し、かつ、被控訴人が計画していたポンプ場の建設が完成するまでの間は、平作川を流末とする排水路に開発区域内からの下水管を接続しなければならない開発行為は、暫時これを認めない方針をとるに至った。(なお、横須賀市内を開発区域とする都市計画法二九条所定の開発行為の許可は、神奈川県知事からの事務委任を受けた被控訴人の市長が行っていたから、被控訴人の右方針は、事実上、開発行為の許可基準自体に関する最終決定と同旨すべきものであった。)

6 ところで、その当時被控訴人に事前審査願を提出していた開発行為は控訴人のものを含めて数件あったが、いずれについても、被控訴人の下水道部では、各申請者が陳情や打合せ等のために来庁した際などの時々において、各申請者に対し、右のような状況にあるため、直ちには協議を進めることができないことを説明して、平作川の改修工事等が済むまでの間は事前審査願に基づく協議を猶予してくれるように協力を求めていた。これに対し、各申請者とも、積極的ないし明示的にこれを了承するということはなかったものの、事前審査願に対する応答を早急にするよう強硬に被控訴人に迫る者はなかった。したがって、どの開発行為についても協議手続が進展せず、いわば凍結されたままの状態となっていた。

7 もっとも、本件開発区域は、平作川よりも標高の高い地域にあったので、土地の高低差に基づく水圧を利用して強制的に下水を排除する、いわゆるサイフォン方式を採用すれば、平作川の改修工事が進み、平作川からの溢水の危険性さえなくなれば、前記のポンプ場が建設されなくても、下水の平作川への放流は可能な状況にあった。そこで、控訴人と被控訴人の下水道部との間では、昭和五〇年三月から四月にかけて、本件開発区域から生じる下水の流末処理問題について話し合いがもたれた結果、同年四月七日には、小高係長から控訴人の自費施工として右サイフォン方式による下水処理計画を検討すべき旨の示唆がなされ(この点は、当事者間に争いがない。)、更にその後、流末水路のルートの選定についての話し合いも進められ、一時期、有力とされた案(第三案)も出たので、控訴人としては、業者に依頼して概括的な設計図を作成して、これを被控訴人の下水道部に持参して検討したこともあった。しかし、右第三案は、本件開発区域から平作川までの間、既設の排水路を使用しないで、すべて新たに下水管を埋設して建設しなければならないものであったため、莫大な費用を要し、かつ、これが建設された場合には、周辺で予定されていた他の開発区域からの下水の放流にもこれを利用することが前提とされていたことから、他の開発業者との間で費用の分担を定めなければならない問題があった。また、そのための下水管の埋設は、大部分は横須賀市道の下を利用して行うが、私有地の下を通過する部分もあり、その部分については、右工事の完成後下水道の管理が被控訴人に移管されることになるため、土地の所有者から下水道の利用権の設定をも受けなければならない等の問題点もあったほか、たまたま同年七月にも平作川流域でかなりの水害が発生したこともあって、右案も、早急に実施することは困難となり、同年七月三〇日ころには立ち消えとなって、その後再び検討されることはなかった。一方、控訴人の方でも、その後、右案の実施を求めて、被控訴人に対し交渉ないし協議を迫ったことはなかった。

8 また、本件開発区域からの下水の放流口の改修工事は、河川区域内の工作物の改築にあたるため、河川法二六条によって平作川の河川管理者である神奈川県知事の許可が必要とされたが、この許可申請のための県当局との事前協議については、被控訴人側では、自費施工業者である控訴人自身が行うべきものと考えていたため、自らはその協議を行わなかった。他方、控訴人側では、被控訴人の方がこれを行ってくれるものと考えていたので、県当局に対しては、被控訴人との間での協議の有無等を確認しただけで、自ら積極的に県当局と交渉したり、被控訴人に対し、県当局との協議の促進を求めたりする努力はしなかった。

9 その後、神奈川県知事の実施する平作川の改修工事は漸次進捗し、本件開発区域からの排水路が接続する被控訴人管理の丙水路の放出口より下流部分にあたる平作川の流水能力は次第に増加してきた。そこで、神奈川県当局では、昭和五二年一二月ころに控訴人からなされた照会に対し、平作川の湘南橋までの改修工事が昭和五四年三月に完了した場合には、平作川への下水の放流は差し支えない旨の回答をした。しかし、その場合にも、豪雨等のためその水位が上がったときには、低地帯である横須賀市の池田町付近では被控訴人管理の丙水路から平作川への放出はできないような状態であった。したがって、右のとおり平作川の湘南橋までの改修工事が完了したからといっても、直ちに池田町地区における溢水等の被害発生の危険性が解消され、平作川への下水の放流について問題がなくなった訳ではなかった。そこで、被控訴人側としては、丙水路の流末処理問題についてはなお慎重に検討した上、右低地帯内の排水については前記のとおり新たにポンプ場を建設して強制的に平作川に放出することを計画し、昭和五三年二月二五日になされた都市計画決定に基づき、池田町地区をも含めた地域の下水をポンプで平作川に放出するための舟倉第二ポンプ場の建設に着手しようとしていた。

10 ところが、その後たまたま昭和五六年一〇月二二日にも、台風二四号による集中豪雨があり、その結果、池田町付近の低地帯では排水が急激に集中して、前記の丙水路に沿って床上浸水一戸、床下浸水二二戸、浸水面積六・二ヘクタールの被害が生じ、翌昭和五七年九月一二日にも、台風一八号による集中豪雨の結果、池田町付近で丙水路に沿って床上浸水、床下浸水各一戸、浸水面積〇・九ヘクタールの被害が生じた。そこで、右水害の発生に伴い、神奈川県知事は、平作川の改修工事をさらに続行することとなり、昭和五六年から昭和六〇年までの間、第二期激甚災害対策特別緊急事業としての改修工事を湘南橋から上流二・四キロメートルの間で実施し、さらに、昭和五七年以降には、湘南橋から開国橋までの三・七五キロメートルの間の改修工事を実施した。

11 一方、その間、控訴人代表者やその担当従業員である西成隆人は、本件開発区域の開発の早期実現を期して、頻繁に被控訴人の担当部局を訪れ、本件事前審査願に基づく協議を速やかにしてくれるように陳情したほか、市長、助役等にも直接面会して、その旨の懇願をし、さらには、神奈川県の土木河口課、建設省等にも足を運ぶなどしてひたすら運動していた。そして、その間の時々になされた被控訴人の担当部局の説明等から、神奈川県知事による平作川の改修工事が終了し、舟倉第二ポンプ場の建設が完成すれば、具体的な協議に応じてもらえるものと期待していた。しかし、その後も、前記のとおり平作川流域で再三にわたる水害が発生し、それに対する対策を講じる必要等が生じたため、被控訴人当局からは、依然具体的な協議に応じてもらえないばかりか、将来の明確な見通し等をも明らかにしてもらうことができず、本件開発区域の開発計画を進捗させることができないまま推移していた。

12 しかし反面、控訴人としては、多少時間がかかっても本件開発区域の開発許可を得たいと希望していたため、これ以上協議を猶予することはできないので直ちに具体的な協議を実施して結論を出してほしい旨被控訴人に強く要求したり、行政不服審査法に基づく不服の申立てをしたり、あるいは協議の終了を待たずに開発許可の申請をしたりするなどの行動はとらず、また、行政訴訟を提起するなどの強硬手段に訴えることもせず、あくまでも被控訴人に対する陳情を続行することにより協議の実現を期するという方針で対処していた。

13 ところで、前記の舟倉第二ポンプ場は、昭和五七年一月三〇日に漸く完成し、昭和五八年六月一日からその運転を開始した。そこで、被控訴人としては、神奈川県知事による平作川の改修工事もかなり進み、懸案の舟倉第二ポンプ場も運転を開始したので、平作川流域における宅地開発のための下水道の整備に関する協議にも応じ得る態勢が整ったとして、その後、その協議のための準備を進め、昭和五九年一〇月一日から施行の「平作川流域内の開発行為に係る排水の取扱い要領」及び「横須賀市雨水調整池設置・管理基準」を定めた上、右基準に合致する開発行為から、都市計画法三二条所定の事前協議に応じていくことにした。しかし、控訴人側では、それ以前である昭和五七年一一月三〇日に、本件開発区域内にあった控訴人所有の土地を三井不動産株式会社に売却していた(この点は、当事者間に争いがない。)ため、控訴人が提出していた本件事前審査願に基づく協議は、もはや不要となるに至った。

三1 そこで、以上の事実関係を前提として、控訴人の各主張について検討するに、控訴人は、まず、被控訴人の市長及び担当職員には、本件事前審査願に基づく下水の放流先(流末)に関する都市計画法三二条所定の協議を遅滞なく行うべき作為義務があったにもかかわらず、その審査願の提出以来昭和五七年一一月三〇日に至るまでこれを行わず、かつ、その間、控訴人に対し、下水道の設置に関する具体的指導や将来についての明確な見通しの表明をもしなかったから、被控訴人の市長等の右不作為は、行政上の不作為の違法にあたると主張する。

2 そこで、右主張について考えるに、都市計画法においては、市街化区域又は市街化調整区域内において開発行為をしようとする者は、あらかじめ、都道府県知事の許可を受けなければならないと定め(二九条)、また、右開発許可の申請をしようとする者は、あらかじめ、開発行為に関係がある公共施設の管理者の同意を得、かつ、当該開発行為又は当該開発行為に関する工事により設置される公共施設を管理することとなるべき者と協議しなければならないと定めている(三二条)ところ、都市計画法が、右開発許可について、都道府県知事は、その申請があったときは、遅滞なく、許可又は不許可の処分をしなければならないこと(三五条一項)、また、その申請に係る開発行為が開発許可の基準に適合しており、かつ、その申請の手続が法令に違反していないと認めるときは、開発許可をしなければならないこと(三三条一項)を定めていることからすれば、右開発許可の申請をしようとする者からその開発行為等によって設置される公共施設についての協議の申し出を受けた市町村としても、遅滞なくその協議に応じなければならない義務があるものと解される。

しかしながら、都市計画法が右のとおり開発許可の申請をしようとする者と公共施設を管理することとなるべき者との協議を要するとした趣旨は、開発行為等によって設置される公共施設は、その工事完了の公告の翌日において、その公共施設の存する市町村の管理に属するものとすると定められている(法三九条)ため、開発許可の審査をする前に、開発許可の申請をしようとする者と公共施設の管理者となるべき市町村との間で協議をさせることにより、開発許可の手続及び開発行為を円滑に進行させ、かつ、開発行為によって設置される公共施設の管理の適正等を期するためであると解される。

そして、これを開発行為等によって設置される公共施設の管理者となるべき市町村の側からみれば、協議の対象となる公共施設につき、その協議の時点において、どのような方式で、どの程度の規模、能力等を有する施設を設置すれば、都市計画法の趣旨目的に照らし、公共施設として安全で瑕疵がないものといえるかなどについて慎重に検討する機会を与えられるとともに、その検討に万全を期すべき義務を負担することになるのである。すなわち、都市計画法は、協議の対象となる公共施設が排水路その他の排水施設である場合には、開発許可の基準として、当該地域における降水量、開発区域の規模、形状及び周辺の状況、開発区域内の土地の地形及び地盤の性質、予定建築物の用途並びに予定建築物等の敷地の規模及び配置を勘案して、開発区域内の下水道法二条一号所定の下水を有効に排出するとともに、その排出によって開発区域及びその周辺の地域に溢水等による被害が生じないような構造及び能力で適当に配置されるように設計が定められていることを要する旨規定しているが(三三条一項三号)、これは、協議の対象となる排水路その他の排水施設が、公共施設として、必要にして十分な構造及び能力を有するとともに、通常有すべき安全性を備えていることを要求するものであるから、下水道の設置を要する開発行為についての協議の申し出を受けた市町村としては、当該開発区域及びその周辺の地形、関係河川の改修状況、既存排水施設の構造、能力、当該市町村における下水道整備計画の進捗状況、その他諸般の条件を勘案して、その各時点で、設置すべき排水施設についての具体的な指導をなし得る客観的条件が整っているか否か、これが整っているとすれば、どのような方式で、どのような構造及び能力を有する排水施設を設置すべきであるかを慎重に判断した上、その協議の申し出をした者に対し、その時点でなし得る限りの適切な指導をなし、意見を述べるべき義務を負担することになるのである。

しかしながら、その反面、都市計画法三二条所定の協議の申し出を受けた市町村としては、その協議を求められた各時点における、当該開発区域及びその周辺の地形、当該開発区域から排出される下水の流入する河川の改修状況、その下水を処理すべき既存の排水施設の構造及び能力、当該市町村の下水道整備計画の進捗状況、その他、協議の基礎となるべき諸般の客観的条件を勘案した上、当該開発区域から下水が排出されても同開発区域及びその周辺の地域に溢水等による被害の生じる危険性がないか否か、また、そのような被害を生じさせないためには、どのような方式で、どのような構造及び能力を有する排水路その他の排水施設を設置すればよいかをいまだ正確には判定しがたい状況にあると認められる場合には、右協議の申し出をした者に対して、その時点では、右のような状況にあるため、直ちには具体的な協議に応じることができないことを説明して、その協議の猶予を求めれば足り、それ以上に、設置すべき排水施設についての具体的な指導やその設置に関する将来の明確な見通しについての意見の表明を行う義務までは負わないものと解するのが相当である。

3 そこで、前記認定の事実関係に基づき、本件について考察するに、控訴人が本件事前審査願を提出した昭和四七年三月から控訴人が本件開発区域内に所有していた土地を他に売却するに至った昭和五七年一一月までの間においては、本件開発区域及びその周辺の地形、特に本件開発区域から排出される下水の流末にあたる丙水路の流末周辺の地形、その下水が流入する平作川の改修状況、その下水を処理すべき既存の排水路及びポンプ場の構造及び能力、被控訴人における下水道整備計画の進捗状況、さらに右の間における数次にわたる水害の発生及びその程度等の諸般の客観的条件に照らして考えると、本件開発区域の開発が実施されて同区域から下水が排出されても、平作川の流域、特に右下水の流末にあたる丙水路の流末周辺の地域に溢水等による被害の生じる危険性がないか否か、また、その被害を生じさせないためには、どのような方式で、どのような構造及び能力を有する下水道その他の排水施設を設置すればよいかをいまだ正確には判定しがたい状況にあったものと認めるべきである。したがって、右のような状況下においては、右排水施設の設置及び管理について重大な責任を有する被控訴人としては、本件事前審査願を提出した控訴人に対し、右のような状況下にあるため、本件開発区域から排出される下水の放流先(流末)の問題については、直ちには具体的な協議に応じることができないことを説明して、その協議の猶予を求めれば足り、それ以上に、設置すべき下水道施設についての具体的な指導やその設置に関する将来の明確な見通しについての意見の表明を行う義務までは負っていなかったものと解すべきである。そして、被控訴人としては、前記認定のとおり、控訴人から陳情を受けるなどしたその時々の時点において、控訴人の代表者やその担当従業員に対し、本件開発区域から排出される下水の放流先(流末)に関する協議は、これを行うための客観的条件がいまだ整備されていないので、直ちにはこれを行うことができないことを十分に説明して、その猶予を求めていたものである。他方、控訴人においても、前記認定のとおり、右の協議を早期に実施して本件開発区域の開発事業を速やかに開始したいとの希望は強くいだいていたものの、被控訴人側の右説明とその当時の客観的条件から、被控訴人との協議が直ちに行われないのはやむを得ないことを観念して、右協議の早期実施を求めるため、被控訴人に対し、行政不服審査法に基づく不服の申立てや行政訴訟の提起等の強硬手段に訴えることまでは差し控えていたものである。

以上の事情の下においては、被控訴人が本件開発区域から排出される下水の放流先(流末)に関する協議を昭和五七年一一月三〇日に至るまで行わなかったとしても、それはやむを得ないことであって、被控訴人の市長ないしその担当職員に行政上の不作為の違法があったということはできない。したがって、その違法があったという控訴人の主張は、その理由がないというべきである。

(奥村 前島 富田)

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